赤尾晃一の知的排泄物処理場(わかば日記)

静岡大学情報学部教員によるメディア観察ブログ。基本的に敬称略。SINCE 1996.3.20

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プロフィール

赤尾晃一

静岡大学

情報学部准教授

赤尾晃一

トゥース!! 写真は高校の卒業アルバムから。
1958年,滋賀県生まれ。同志社大学文学研究科修士課程新聞学専攻修了(メディア論・大衆文化論)。通信関係シンクタンク・日経BP社を経て,1995年10月から現職。主共著に『現代風俗史年表』『情報通信革命』『通信・放送新時代の制度デザイン』『商品化権』『ゲームの大學』『近未来・映像メディア』など。
 ついに50歳の大台。滋賀県に25年,東京都と浜松市に12年半ずつ居住。魚座なので,近くに「水溜まり」がないと落ち着かないらしい。
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2010年08月20日(金)

『樺太1945年夏 氷雪の門』 [映画]

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靖國神社に参拝した。五日前の喧噪の情景とうってかわり,境内は静けさに包まれていた。参拝は94年秋以来か。昭和ヒトケタ生まれの親を持つ世代は意外と靖國と縁が薄い。親は戦争に行くには若すぎ,祖父の代は戦争に行くには歳をとりすぎていた(*)。身内で祀られているのは,職業軍人だった義理の祖父だけだ。8月20日は「樺太真岡郵便局電話交換手9名」が公務殉職した命日である(彼女たちも靖國神社に合祀されている)。靖國ではすべての御霊に参拝するわけで,特定の人だけを(あるいは特定の人を除いて)哀悼するわけではないけれど。

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「シアターN渋谷」へ移動し,『樺太1945年夏 氷雪の門』(1974年)を観る。DVDでも入手できるけれど,劇場でやはり観ておきたい映画だ。ただ,他の多くの電話交換手が生還しているから,「何も死ぬことはなかっただろうに」と思うのは,現代の倫理・論理であり,「ソ連兵=無法者・狼藉者」というイメージが根強かった時代の反映である。「電話交換の職務を守り抜く」という責任感の結果だろう。

樺太と千島に侵攻したソ連軍は「国際法を弁えない狼藉者」であるのは間違いなかった。停戦協定締結に向かった軍使を殺害し,艦砲射撃・機銃掃射などで民間人を無差別に殺戮したからだ。ポツダム宣言を受諾しているにもかかわらず(ソ連軍の論理からすると,講和条約が締結されるまでは「戦闘状態」ということになる)。「昭和大戦」に限定した限り,ロシア(ソ連)との関係で言えば,日本は明らかに不法に侵略された側なのである。

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1974年,『氷雪の門』の全国公開(配給:東宝)はソ連の間接的圧力によって中止に追い込まれた。東宝側には,日ソ合作の『モスクワわが愛』の公開が控えていたという事情もあったようだ。しかし『氷雪の門』には,ソ連にとって都合が悪い歴史的事実が数多く含まれている。したがって,外務省・文部省などに外交的圧力をかけるのも無理はない。問題は,それをはね返せなかった官僚たちの弱腰である。それはロシアが「第二次世界大戦終結の日(≒対日戦勝記念日)」を制定したにもかかわらず,何の抗議もしない現在にもつながっている。

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八重洲口の看板。いま日本人の何%がこの標語に同意できるのだろうか?

結局のところ,東アジア諸国だけでなく,ソ連(ロシア)に対しても,過度な外交的配慮をしてきたのが日本の戦後外交史である。日本は,なぜそこまでソ連(ロシア)に対してさえ卑屈にならなければならなかったのか。そんな姿勢では,「帰れ! 北方領土」といくら呪文を唱えたところで無駄ではないか(さすがに南樺太の返還は要求していないが)。むろん,戦後処理の問題で,日本は樺太在留朝鮮人の問題を抱え込んでしまったのだが。

なお『氷雪の門』も,『霧の火 樺太・真岡郵便局に散った九人の乙女たち』(2008年・日本テレビ)ほどではないにしても,細部では映画的脚色があるのが当然なのである。

*― 高等逓信官吏練習所の学生だった父(大正13年生)は,軍属として海軍内地通信部に勤務し,8月1日付で江田島から八日市飛行場に転属となり終戦を迎えた。郵便局勤務が社会人のスタートだった父にとっては「真岡郵便局員公務殉死」はとても印象深い事件だったらしい。母は,勤労動員先の中島製作所半田工場で終戦を迎えた。1944年の東南海地震で大きな被害を受けた後だけに,生産能力は低く,7月24・25日に空襲を受けたという。父方の叔父二人は,海軍飛行予科練習生と満蒙開拓青少年義勇兵である。

Posted at 23時23分 パーマリンク  トラックバック ( 0 )  コメント ( 0 )

2010年08月19日(木)

「先生! 雑誌を教科書にしてください。」 [雑誌]

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桜庭ななみに呼びかけられている(←自意識過剰。雑誌愛読月間は8月20日まで)。「現代○○論」といった講義名で,現代のトピックを扱う授業ならば,「雑誌を教科書」は不可能ではないけれど,「ある一つの雑誌」に絞るとなると,帯に短し襷に長しだろう。そもそも雑誌は「雑多」なるがゆえに,「体系性」が求められる教科書と相性が悪いのである。「雑誌を自由にコピーしてテキストとして配布していいですよ」と日本雑誌協会が太っ腹になってくれるわけではないだろうし。

とはいえ,電子出版物になって,記事単位で購入できるようになったとしたら,「テキスト指定」は不可能ではないだろう。ただし,特定のプラットホームに閉じた様式は「×」だけど。

Posted at 14時26分 パーマリンク  トラックバック ( 0 )  コメント ( 0 )

2010年08月18日(水)

グリーン車の子連れ客 [旅行]

私自身は,子育て期を経験し,大なり小なり車中で他者に「迷惑」をかけてきたから,「子連れ旅行者」には寛容である。泣いたり奇声をあげたりするのは子どもの“仕事”であり,親などがそれを完全には制御しきれない。「静かにさせろ」と言ったところで,静かになることはあまりない。ただし,同行者は子どもに繰り返し注意を促して,車内でのマナーを教え込むことは重要である。「どうせ何をいっても聞かないから」と車内での“運動会”状態を放置しておくのは,同行する大人としての責任を放棄していると言わざるをえない。

今日は,珍しくグリーン車で東京に移動(もちろん自腹ではない)。夏休み中の新幹線は,どの車両も子連れ客であふれる。掛川あたりで車掌と交渉して,普通車指定席からグリーン車(しかも喫煙車両!)に移動してきた子連れ客がいた。母と息子と娘(いずれも幼児)。太っ腹というか大盤振る舞いというか。三人の動静をうかがっていると,どうやら普通車で他の乗客とトラブルになって,相対的に客が少ないグリーン車に“避難”してきたらしい。

母は子どもに無関心で,子どもは二人だけで遊び始める。奇声を上げ,そのうち女の子が泣き始め,男の子が車内を走って逃げ始める。私は別に車内で片付けるべき用事もないので,その光景をぼーっと観察していた。しかし,安楽と静穏を求めてグリーン車に乗っている客は黙ってはいない。母親にきつい口調で抗議し,車掌に訴える。それを受けて,車掌も母子に注意する。「車掌もたいへんだなー」と同情する。

「グリーン車の子連れ客」の続きを読む

Posted at 23時25分 パーマリンク  トラックバック ( 0 )  コメント ( 0 )

「もれなくBSがついてくる」の愚 [NHK]

NHKが「地デジ・テレビを買うとBSがついてくる」「BSみないのはもっいない」(大意)と称するキャンペーンを展開している。そのクリップのどこにも「BSをみるには衛星契約が必要です。地上契約に比べて2か月で1890円割高です」というテロップがないのは,CMなら「告知義務違反」に該当するのではないか。

地デジ対応機器(テレビ/レコーダー)を買うと,確かにBS/CSチューナーがほぼもれなくついてくることは間違いない。しかし,100%の世帯がBSを受信できるとは限らない。南側に窓や庭をもたない住宅に住む人は少なからずいる。パラボラアンテナを設置したくても設置できないケース。共聴施設で変調なしのパススルーでBS波を再送信しない施設もある。

「地上波に不満があればBSをみればいい」という姿勢は,公共放送としては傲慢だろう。地上デジタル放送だけで,ほとんどのニーズを賄えるように編成していくのが公共放送の使命ではないのか。再放送で埋める時間帯の意義は否定しない。しかし,映画・ドキュメンタリーなど今はBSに完全シフトした番組を地上波に戻すことも必要ではないのか。さらに,マルチ編成を活用して,野球・Jリーグなどを積極的に編成すべきではないのか。

Posted at 20時56分 パーマリンク  トラックバック ( 0 )  コメント ( 0 )

2010年08月15日(日)

「戦没者之霊」の標柱 [国政]

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全国・都道府県・市町村が開催する戦没者追悼式典にはほぼ統一的な意匠がある。舞台は菊を中心とした花で飾られ(基調色は「白」),真ん中に「戦没者之霊」と書かれた木製の標柱が立てられる。この標柱が霊の依り代となり,その前で列席者が「哀悼の誠」を捧げるという意匠である。

「戦没者之霊」だから論理的には無差別だ。全国の大会には約310万の霊が集まってくる。空襲などでの民間の戦没者の霊もいる代わりに,A級戦犯も含まれている。この霊は「コピー」が可能で,同じ時刻に都道府県・市町村・その他主催者の追悼式典に同時に蝟集する。それでOKなんだよね?

「霊」だから基本は無宗教だ。神仏習合的発想だと,依り代となる標柱は「お炊き上げの儀」を経て「送り火」とされるわけだけど,追悼式典の標柱は「使い回し」されるらしい。宗教的発想を超えている。

「「戦没者之霊」の標柱」の続きを読む

Posted at 19時48分 パーマリンク  トラックバック ( 0 )  コメント ( 0 )

2010年08月10日(火)

「内閣総理大臣談話」を嗤ふ [菅直人]

政治的・軍事的背景の下、当時の韓国の人々は、その意に反して行われた植民地支配によって、国と文化を奪われ、民族の誇りを深く傷付けられました。
(内閣総理大臣談話)

韓国ではなく「朝鮮」と言うべきではないのか。併合条約の相手国だった「大韓帝国」と「大韓民国」とは領土が一致しない。たとえ北朝鮮に対する挑発だとしても。

「その意に反して」というが,日韓併合条約は少なくとも国際法上は認められた条約である。一進会など,合邦を主張する朝鮮の民間団体もあった。中国王朝の藩族国という立場から解放したのも日本の政治・軍事力の成果だ。

大日本帝国統治下の朝鮮を植民地と呼ぶのが妥当かについては論争が続いてきた。日本の総理大臣が公式にこの言葉を用いたのは,1998年の小渕恵三総理大臣時代の日韓共同宣言(*)からである。小泉純一郎政権下の日朝平壌宣言でも「植民地支配」の言葉が踏襲された。むろん,内地と完全に同じ法体系が適用されたわけではない限り,「植民地」なのかもしれないが,欧米列強の植民地とは異なり,一方的な収奪関係になかったことは間違いないだろう。

「「内閣総理大臣談話」を嗤ふ」の続きを読む

Posted at 23時04分 パーマリンク  トラックバック ( 0 )  コメント ( 0 )

2010年08月09日(月)

『終わらざる夏』 [文芸書]

明治政府が誕生してから,日本の仮想敵国は一貫してロシア(ソ連)だったはずだ。日清・日露はロシア(ソ連)の東漸・南進に対抗するための戦争だった。大韓帝国を併合したのも,満洲を侵略して満洲国を建国したのも,すべてロシア(ソ連)が脅威だったからにほかならない。関東軍も対ソ戦が本務だったはずだ。

そして「ノモンハン事件」を経て,日ソ中立(不可侵)条約が1941年4月に締結される。ロシア(ソ連)が仮想敵国ではない希有な3年余の始まりである。しかし,独ソ不可侵条約の経緯をみると,そんな条約は屁のつっぱりにもならないことは歴然としていた(独ソ戦開始時に,ナチスドイツとの軍事同盟を継続した決断が謎である)。

1945年4月5日にはソ連から「条約延長の意思がないこと」を通告されている。それでもなお,ソ連を「条約締結国」と信じて,終戦工作の仲介役として最後まで期待し続けた,当時の日本の指導者の心情は不可解きわまる。ソ連が対日参戦すると,壊滅的な被害は予想されたにもかかわらず。

「『終わらざる夏』」の続きを読む

Posted at 16時48分 パーマリンク  トラックバック ( 0 )  コメント ( 0 )

2010年08月06日(金)

許されざる「二枚舌」再び [菅直人]

表舞台の式典では「核廃絶の先頭に立つ責任」を表明しつつ,後の会見では「それでも核抑止力は引き続き必要」と述べた,菅直人総理の二枚舌は,2009年の麻生太郎のパターンを踏襲している。だからというわけではないが,菅直人総理が外務・防衛官僚の作文を読んでいるだけとの疑いは濃い。民主党政権に代わって初めての「広島原爆忌」だけに失望を禁じ得ない。

保有国間の「核抑止論」の意味が薄れ,核拡散はテロリズムの恐怖につながることが,「核兵器がない世界」への希求につながっている。原爆忌の日に「核抑止の必要性」を語ることは,外交・安保問題への関心の薄さを露呈しているのではないか(自衛隊の指揮権の問題,文民統制の無理解もあった)。菅直人という政治家は,政策決定過程の苦悩が伝わらず,説明にも誠実さが欠ける部分がある。

民主党に政権交代して期待したことの一つは,さまざまな「被害者・弱者」が起こした「国家賠償訴訟」について,「政治家主導」で和解を促してほしいということだった。被爆者,水俣病患者認定,B型C型肝炎患者,ハンセン病患者などである。鳩山政権でなんとかシベリア抑留者の賠償問題は決着した。しかし,他の国家賠償訴訟では,主に厚生労働官僚の振り付け通りに動いている感がある(それは主に長妻昭大臣の責任だろうが)。「政治家主導」で問題解決に動いた形跡がみえない。

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Posted at 23時52分 パーマリンク  トラックバック ( 0 )  コメント ( 0 )

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