2010年02月26日(金) 大学入試個別試験(前期日程)
「負けは負け」として受け止めること [オリンピック]
バンクーバー・オリンピックのフィギュアスケート女子はキム・ヨナと浅田真央の「異次元の金メダル争い」で異常なまでに盛り上がった。浅田真央もパーソナル・ベストを出した。しかし,キム・ヨナはそれを上回る完璧な演技をして「世界最高得点」をたたき出した。浅田真央は「負けるべくして負けた」の一言に尽きると思う。悔しがる浅田真央に対して「銀メダルおめでとう」は慰めにはならない。確かにキム・ヨナの得点は「爆発的」である。しかし,それは現行の採点システムで「どうやったら高得点をたたき出せるか」のプログラム構成をチーム・ヨナが考えつくし,キム・ヨナがそれを完璧に演じきった以外の何者でもない。政治的背景を云々するのは負け惜しみにすぎないだろう。
NHKが21日に『浅田真央,金メダルへの挑戦』という番組を放送した。「何もこの時期に放送する必要はないのでは」と思ったものだが,それをみて思ったことがある。タラソワ・コーチもまた,「金メダルを狙えるプログラム」を浅田真央に授けたのだと思う。しかし,演技構成点を上げることに注力するあまりにジャンプの精度が落ちてしまった。そこから立て直すために,浅田真央は主に自らの判断で,演技要素の取捨選択・捨象を断行してしまった。その結果,確かにジャンプの精度はとり戻した。しかし,技術点・演技構成点ともに目減りしてしまったのだ(「技のつなぎ」が7.85にとどまったのがその現れだ)。完璧に演じてもキム・ヨナの得点に届くかは不明だ。なのに,やはりジャンプ・ミスが出てしまった。これでは「勝てる確率」はそもそも低いのだった。
チーム・ヨナやチーム・ダイスケなどの「チームのサポート」がクローズアップされる。一方,タラソワの個人的事情で浅田真央は主に自分の判断で最終調整していたかにみえる。しか,それは長い目でみれば,けっしてマイナスではないだろう。アスリートは結局のところ,自発的・自律的にトレーニングすることが宿命だ。いったんリンクに立てば,最後は自分自身による判断がすべてだからだ。浅田真央は今回のオリンピックで一皮剥けた気がする。それは,浅田真央の今後の競技人生で限りないプラス効果をもたらすだろう。
こういってはなんだが,キム・ヨナは「命じられたように演じきるスケーティング・サイボーグ」の印象がぬぐえない。超優等生である。しかし,浅田真央は一回り大きなアスリートに進化していく可能性を手に入れた気がする。トリプル・アクセルの基礎点が低すぎるというハンデをものともせず。「フリーで2回もトリプルアクセルを跳んだ」という革命的偉業をもなし遂げたわけだから,自分のスタイルにこだわり続ける強い意志も心強い。4回転もいいけれど,まずはルッツとサルコウの苦手克服と,3回転-3回転を自家薬籠中のものとすることだろう。
安藤美姫は勝負を度外視し,自己満足の演技に終始した気がする。3回転-3回転を回避するとか。「うまく行けば銅メダルに滑り込めるかも」という消極性。それも安藤美姫(およびモロゾフ・コーチ)の選択にすぎない。ロシェットに対して,「同情票」「ホームタウン・ディシジョン」が集まることも容易に予想できた。目立ったミスがなければ,高得点はあらかじめ約束されていたと想像するに難くない。
演技をみていて感動したのは鈴木明子と長洲未来の演技だった。「メダル云々ではなく,楽しんで滑る」ということの溌剌さが漲っていたからだ。あ,もちろんゲデバニシビリ(グルジア,14位,→時事通信社写真ニュース特集,NHK動画クリップ)も。アリョーナ・レオノワ(ロシア,9位)も好きな選手だ。しかし,今回のようにヨーロッパ勢が不振で,醜態も晒したとなると,採点システムを含むルール改正が不可避な気もする。
3月の世界選手権での「再戦」が今から楽しみである。そこで浅田真央が『鐘』を完璧に仕上げることを願ってやまないし,中野友加里がどけだけのパフォーマンスを見せるのかも興味津々だ。
「フィギュアが“オリンピックの華”」というのは日本的なる感覚にすぎない。アルペンスキーの回転やアイスホッケーこそが“華”だと思う。日本の競技レベルが低いからといって,「もうオリンピックは終わりだ」という感覚はもったいない。クロスカントリー女子20kmリレーの日本チームの大健闘(一時は4位,最終9位)も本来は画期的だったはずなのに。
Posted at 23時43分 トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
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