2010年03月08日(月)
『ザ・コーヴ』をめぐる反応 [表現規制]
第82回アカデミー賞・長編ドキュメンタリー部門は『ザ・コーヴ』が受賞した。日本国内の反応は困惑が隠しきれないという感じ。
「イルカ漁は何ら違法ではない。まず作為的シナリオありきで、事実を伝えていない。地域の伝統や実情を理解した上で、相互に食文化を尊重する精神が必要だ」
(三軒一高・和歌山県太地町長) iza!
気持ちは痛いほどわかる。しかし,抗議・上映中止要請などと事を荒立てるごとに,相手の作為にはまっていくことになる。「作為的シナリオ」がないドキュメンタリーなど存在するはずがない。テレビ・ラジオはむろん,活字メディアにおいても。なので,イルカはイルカなのであって,牛や犬やカンガルーを反証にあげても,相手はびくともしない。
問題なのは,日本においてさえ,イルカ“猟”(*)が必要な伝統や実情やらを理解していない人が多いことだろう(これは調査捕鯨も同じ)。『ザ・コーヴ』を観ると,「作為的シナリオ」に納得し,共感する人も多そうなのだ。「イルカがかわいそう」という感情論には対抗できない。日本人でさえ,イルカ猟の実態について知る人は少ないとみられるからだ。
したがって,太地町や漁協がやるべきことは,国内配給をこれ以上妨害することではない。対抗言論を形成しうるドキュメンタリー映画(多言語版)を,可能な限り「中立的立場」として製作することだろう。企画製作者に「全面協力」というスタンスがいいかも。その際には,誇張でも牽強付会でもいいから,「わかりやすい作為的シナリオ」を作るべきだ。宗教学,歴史学,自然科学などを総動員して,「イルカ猟を続ける意義」をアピールすべきなのだ。海外にアピールできれば儲けもの。少なくとも,日本人については,感情面ではなく理性の面において「味方」につける必要があるのと思う。太地町がこれからもイルカ猟を続けたいのであれば。もう一カ所イルカ猟が認められている静岡県の富戸はすっかり腰がひけている印象を受けるのだが(**)。
しかし「伝統だから」というだけでは,どれだけ説得力を持てるかは不明である。
*― 「漁」は魚類に対して使う言葉なので,哺乳類が相手だと「アシカ猟」というように「猟」の言葉が妥当だと思う。
**― ただし,静岡駅ビルには,イルカ料理が食べられる居酒屋「大作」がある(→こんなの)
Posted at 23時53分 トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
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