<?xml version="1.0" encoding="UTF-8" ?>
<?xml-stylesheet href="./themes/system/rss.xsl" type="text/xsl" media="screen"?>
<rdf:RDF
	xmlns="http://purl.org/rss/1.0/"
	xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:admin="http://webns.net/mvcb/"
	xml:lang="ja">

	<channel rdf:about="http://www.akaokoichi.jp/rss.php">
		<title>赤尾晃一の知的排泄物処理場(わかば日記)</title>
		<link>http://www.akaokoichi.jp/</link>
		<description>静岡大学情報学部教員によるメディア観察ブログ</description>
		<dc:language>ja</dc:language>
		<dc:date>2010-09-09T12:31:14+09:00</dc:date>
		
		<admin:generatorAgent rdf:resource="http://www.a-blog.jp/?v=1.9" />
		<items>
			<rdf:Seq>
			<rdf:li rdf:resource="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1801" />
			<rdf:li rdf:resource="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1802" />
			<rdf:li rdf:resource="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1805" />
			<rdf:li rdf:resource="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1803" />
			<rdf:li rdf:resource="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1808" />
			<rdf:li rdf:resource="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1806" />
			<rdf:li rdf:resource="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1807" />
			<rdf:li rdf:resource="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1804" />
			<rdf:li rdf:resource="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1800" />
			<rdf:li rdf:resource="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1809" />
			<rdf:li rdf:resource="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1795" />
			<rdf:li rdf:resource="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1797" />
			<rdf:li rdf:resource="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1796" />
			<rdf:li rdf:resource="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1798" />
			<rdf:li rdf:resource="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1799" />
			
			</rdf:Seq>
		</items>
	</channel>

	

	
	<item rdf:about="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1801">
		<title>『樺太一九四五年夏 氷雪の門』</title>
		<link>http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1801</link>
		<description>靖國神社に参拝した。五日前の喧噪の情景とうってかわり，境内は静けさに包まれていた。参拝は94年秋以来か。昭和ヒトケタ生まれの親を持つ世代は意外と靖國と縁が薄い。親は戦争に行くには若すぎ，祖父の代は戦争に行くには歳をとりすぎていた(*)。身内で祀られているのは，職業軍人だった義理の祖父だけだ。8月20日は「樺太真岡郵便局電話交換手9名」が公務殉職した命日である(彼女たちも靖國神社に合祀されている)。靖國ではすべての御霊に参拝するわけで，特定の人だけを(あるいは特定の人を除いて)哀悼するわけではないけれど。「シアターN渋谷」へ移動し，『樺太一九四五年夏 氷雪の門』(1974年)を観る。DVDでも入手できるけれど，劇場でやはり観ておきたい映画だ。ただ，他の多くの電話交換手が生還しているから，「何も死ぬことはなかっただろうに」と思うのは，現代の倫理・論理であり，「ソ連兵＝無法者・狼藉者」というイメージが根強かった時代の反映である。「電話交換の職務を守り抜く」という責任感の結果だろう。樺太と千島に侵攻したソ連軍は「国際法を弁えない狼藉者」であるのは間違いなかった。停戦協定締結に向かった軍使を殺害し，艦砲射撃・機銃掃射などで民間人を無差別に殺戮したからだ。ポツダム宣言を受諾しているにもかかわらず(ソ連軍の論理からすると，講和条約が締結されるまでは「戦闘状態」ということになる)。「昭和大戦」に限定した限り，ロシア(ソ連)との関係で言えば，日本は明らかに不法に侵略された側なのである。1974年，『氷雪の門』の全国公開(配給:東宝)はソ連の間接的圧力によって中止に追い込まれた。東宝側には，日ソ合作の『モスクワわが愛』の公開が控えていたという事情もあったようだ。しかし『氷雪の門』には，ソ連にとって都合が悪い歴史的事実が数多く含まれている。したがって，外務省・文部省などに外交的圧力をかけるのも無理はない。問題は，それをはね返せなかった官僚たちの弱腰である。それはロシアが「第二次世界大戦終結の日(≒対日戦勝記念日)」を制定したにもかかわらず，何の抗議もしない現在にもつながっている。結局のところ，東アジア諸国だけでなく，ソ連(ロシア)に対しても，過度な外交的配慮をしてきたのが日本の戦後外交史である。日本は，なぜそこまでソ連(ロシア)に対してさえ卑屈にならなければならなかったのか。そんな姿勢では，「帰れ! 北方領土」といくら呪文を唱えたところで無駄ではないか(さすがに南樺太の返還は要求していないが)。むろん，戦後処理の問題で，日本は樺太在留朝鮮人の問題を抱え込んでしまったのだが。なお『氷雪の門』も，『霧の火 樺太・真岡郵便局に散った九人の乙女たち』(2008年・日本テレビ)ほどではないにしても，細部では映画的脚色があるのが当然なのである。*― 高等逓信官吏練習所の学生だった父(大正13年生)は，軍属として海軍内地通信部に勤務し，8月1日付で江田島から八日市飛行場に転属となり終戦を迎えた。郵便局勤務が社会人のスタートだった父にとっては「真岡郵便局員公務殉死」はとても印象深い事件だったらしい。母は，勤労動員先の中島製作所半田工場で終戦を迎えた。1944年の東南海地震で大きな被害を受けた後だけに，生産能力は低く，7月24・25日に空襲を受けたという。父方の叔父二人は，海軍飛行予科練習生と満蒙開拓青少年義勇兵である。</description>
		<dc:creator>赤尾晃一</dc:creator>
		<dc:date>2010-08-20T23:23:00+09:00</dc:date>
	</item>
	
	<item rdf:about="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1802">
		<title>「先生! 雑誌を教科書にしてください。」</title>
		<link>http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1802</link>
		<description>と桜庭ななみに呼びかけられている(←自意識過剰。雑誌愛読月間は8月20日まで)。「現代○○論」といった講義名で，現代のトピックを扱う授業ならば，「雑誌を教科書」は不可能ではないけれど，「ある一つの雑誌」に絞るとなると，帯に短し襷に長しだろう。そもそも雑誌は「雑多」なるがゆえに，「体系性」が求められる教科書と相性が悪いのである。「雑誌を自由にコピーしてテキストとして配布していいですよ」と日本雑誌協会が太っ腹になってくれるわけではないだろうし。とはいえ，電子出版物になって，記事単位で購入できるようになったとしたら，「テキスト指定」は不可能ではないだろう。ただし，特定のプラットホームに閉じた様式は「×」だけど。</description>
		<dc:creator>赤尾晃一</dc:creator>
		<dc:date>2010-08-19T14:26:51+09:00</dc:date>
	</item>
	
	<item rdf:about="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1805">
		<title>グリーン車の子連れ客</title>
		<link>http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1805</link>
		<description>私自身は，子育て期を経験し，大なり小なり車中で他者に「迷惑」をかけてきたから，「子連れ旅行者」には寛容である。泣いたり奇声をあげたりするのは子どもの“仕事”であり，親などがそれを完全には制御しきれない。「静かにさせろ」と言ったところで，静かになることはあまりない。ただし，同行者は子どもに繰り返し注意を促して，車内でのマナーを教え込むことは重要である。「どうせ何をいっても聞かないから」と車内での“運動会”状態を放置しておくのは，同行する大人としての責任を放棄していると言わざるをえない。今日は，珍しくグリーン車で東京に移動(もちろん自腹ではない)。夏休み中の新幹線は，どの車両も子連れ客であふれる。掛川あたりで車掌と交渉して，普通車指定席からグリーン車(しかも喫煙車両!)に移動してきた子連れ客がいた。母と息子と娘(いずれも幼児)。太っ腹というか大盤振る舞いというか。三人の動静をうかがっていると，どうやら普通車で他の乗客とトラブルになって，相対的に客が少ないグリーン車に“避難”してきたらしい。母は子どもに無関心で，子どもは二人だけで遊び始める。奇声を上げ，そのうち女の子が泣き始め，男の子が車内を走って逃げ始める。私は別に車内で片付けるべき用事もないので，その光景をぼーっと観察していた。しかし，安楽と静穏を求めてグリーン車に乗っている客は黙ってはいない。母親にきつい口調で抗議し，車掌に訴える。それを受けて，車掌も母子に注意する。「車掌もたいへんだなー」と同情する。普通車で許されないことはグリーン車でも許されないのは当然だろう。グリーン車に乗る際には，子どもにもそれなりの「立ち居振る舞い」が求められるということだろう(子連れで1回だけグリーン車で移動したときは，事前の注意，当日の監視は入念を極めた)。「この母子は普通車で我慢することを覚えるべきだったろうに」と思うのだった。ちなみに，個人的に最も楽だったのは，席に余裕がある自由席で最前(後)列に座り，退屈し始めるとデッキに移動するというパターンだった。混雑する朝夕は避け，昼間に移動した。この母子もそれは守っていると思うのだが，いかんせん子どもへの統率力に欠けていたきらいがあった。子どもから舐められているというか。</description>
		<dc:creator>赤尾晃一</dc:creator>
		<dc:date>2010-08-18T23:25:46+09:00</dc:date>
	</item>
	
	<item rdf:about="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1803">
		<title>「もれなくBSがついてくる」の愚</title>
		<link>http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1803</link>
		<description>NHKが「地デジ・テレビを買うとBSがついてくる」「BSみないのはもっいない」(大意)と称するキャンペーンを展開している。そのクリップのどこにも「BSをみるには衛星契約が必要です。地上契約に比べて2か月で1890円割高です」というテロップがないのは，CMなら「告知義務違反」に該当するのではないか。地デジ対応機器(テレビ/レコーダー)を買うと，確かにBS/CSチューナーがほぼもれなくついてくることは間違いない。しかし，100％の世帯がBSを受信できるとは限らない。南側に窓や庭をもたない住宅に住む人は少なからずいる。パラボラアンテナを設置したくても設置できないケース。共聴施設で変調なしのパススルーでBS波を再送信しない施設もある。「地上波に不満があればBSをみればいい」という姿勢は，公共放送としては傲慢だろう。地上デジタル放送だけで，ほとんどのニーズを賄えるように編成していくのが公共放送の使命ではないのか。再放送で埋める時間帯の意義は否定しない。しかし，映画・ドキュメンタリーなど今はBSに完全シフトした番組を地上波に戻すことも必要ではないのか。さらに，マルチ編成を活用して，野球・Jリーグなどを積極的に編成すべきではないのか。</description>
		<dc:creator>赤尾晃一</dc:creator>
		<dc:date>2010-08-18T20:56:10+09:00</dc:date>
	</item>
	
	<item rdf:about="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1808">
		<title>「戦没者之霊」の標柱</title>
		<link>http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1808</link>
		<description>全国・都道府県・市町村が開催する戦没者追悼式典にはほぼ統一的な意匠がある。舞台は菊を中心とした花で飾られ(基調色は「白」)，真ん中に「戦没者之霊」と書かれた木製の標柱が立てられる。この標柱が霊の依り代となり，その前で列席者が「哀悼の誠」を捧げるという意匠である。「戦没者之霊」だから論理的には無差別だ。全国の大会には約310万の霊が集まってくる。空襲などでの民間の戦没者の霊もいる代わりに，A級戦犯も含まれている。この霊は「コピー」が可能で，同じ時刻に都道府県・市町村・その他主催者の追悼式典に同時に蝟集する。それでOKなんだよね?「霊」だから基本は無宗教だ。神仏習合的発想だと，依り代となる標柱は「お炊き上げの儀」を経て「送り火」とされるわけだけど，追悼式典の標柱は「使い回し」されるらしい。宗教的発想を超えている。追悼式典を「無宗教による追悼」と位置づけるのならば，「無宗教の追悼施設」はこれを常設にすればいいだけではないのか? 広島や長崎の例を考えても「屋内施設」にこだわる必要もあるまい。公園の舞台に標柱と花(造花?)があればいいだけだろう? それこそ北の丸公園内に作ることは不可能ではないはずだ。靖國神社には閣僚は参拝しない。政策INDEXに明記していた「国立追悼施設」の調査費も予算計上しない――一日限りの追悼式典で十分だと民主党政権は考えているらしい。「政教分離」を理由にする人もいる。だとすると，1月4日の年始行事として，総理大臣一行はなぜ伊勢神宮を参拝するのか説明してほしい。というか，参拝すべきではないだろう。伊勢神宮参拝に反対する宗教団体は多いのだから。菅直人総理大臣は「追悼の言葉」で「追悼の意をあらわす」と読んでしまった。「意」は「表(ひょう)する」(to express)ものであって，あらわすものでないはずだが。</description>
		<dc:creator>赤尾晃一</dc:creator>
		<dc:date>2010-08-15T19:48:32+09:00</dc:date>
	</item>
	
	<item rdf:about="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1806">
		<title>「内閣総理大臣談話」を嗤ふ</title>
		<link>http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1806</link>
		<description>政治的・軍事的背景の下、当時の韓国の人々は、その意に反して行われた植民地支配によって、国と文化を奪われ、民族の誇りを深く傷付けられました。(内閣総理大臣談話)韓国ではなく「朝鮮」と言うべきではないのか。併合条約の相手国だった「大韓帝国」と「大韓民国」とは領土が一致しない。たとえ北朝鮮に対する挑発だとしても。「その意に反して」というが，日韓併合条約は少なくとも国際法上は認められた条約である。一進会など，合邦を主張する朝鮮の民間団体もあった。中国王朝の藩族国という立場から解放したのも日本の政治・軍事力の成果だ。大日本帝国統治下の朝鮮を植民地と呼ぶのが妥当かについては論争が続いてきた。日本の総理大臣が公式にこの言葉を用いたのは，1998年の小渕恵三総理大臣時代の日韓共同宣言(*)からである。小泉純一郎政権下の日朝平壌宣言でも「植民地支配」の言葉が踏襲された。むろん，内地と完全に同じ法体系が適用されたわけではない限り，「植民地」なのかもしれないが，欧米列強の植民地とは異なり，一方的な収奪関係になかったことは間違いないだろう。「民族の誇りを深く傷付けられました」と，菅談話のこの文は「韓国の人々」が主語の「受け身表現」になっている。これまでの謝罪文が「日本が朝鮮を傷付けた」という構造になっているのとは対照的である。一国の総理大臣の談話で，自国が主語でない文はありえないと思う。「民族の誇りを傷付けられた」と主張するのは朝鮮の人たちであって，日本人には理解できないからだ。他者の心情にまで踏み込んで忖度してしまう「総理大臣談話」って何なのだ?しかも大日本帝国統治の時代を知る人はどんどん少なくなっている。ナショナリズムの常だが，「わかりやすい一つの物語構造」が半ばフィクションとして固定化してしまう。むろん，今回の菅談話の「未来志向」の部分は評価したい。そして，繰り返し「謝罪の意」を表し続けることも大切だろう。しかし，それは「歴史の事実を直視する勇気とそれを受け止める謙虚さ」を正しく発露した結果でなくてはならない。日韓基本条約(1965年)の第2条「1910年8月22日以前に大日本帝国と大韓帝国との間で締結されたすべての条約及び協定は，もはや無効であることが確認される」という条文は確かに両国の妥協の産物だったが，その正当性を蒸し返すような議論は「未来志向」とは呼ばないだろう。*― 「小渕総理大臣は、今世紀の日韓両国関係を回顧し、我が国が過去の一時期韓国国民に対し植民地支配により多大の損害と苦痛を与えたという歴史的事実を謙虚に受けとめ、これに対し、痛切な反省と心からのお詫びを述べた」とある。</description>
		<dc:creator>赤尾晃一</dc:creator>
		<dc:date>2010-08-10T23:04:16+09:00</dc:date>
	</item>
	
	<item rdf:about="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1807">
		<title>『終わらざる夏』</title>
		<link>http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1807</link>
		<description>明治政府が誕生してから，日本の仮想敵国は一貫してロシア(ソ連)だったはずだ。日清・日露はロシア(ソ連)の東漸・南進に対抗するための戦争だった。大韓帝国を併合したのも，満洲を侵略して満洲国を建国したのも，すべてロシア(ソ連)が脅威だったからにほかならない。関東軍も対ソ戦が本務だったはずだ。そして「ノモンハン事件」を経て，日ソ中立(不可侵)条約が1941年4月に締結される。ロシア(ソ連)が仮想敵国ではない希有な3年余の始まりである。しかし，独ソ不可侵条約の経緯をみると，そんな条約は屁のつっぱりにもならないことは歴然としていた(独ソ戦開始時に，ナチスドイツとの軍事同盟を継続した決断が謎である)。1945年4月5日にはソ連から「条約延長の意思がないこと」を通告されている。それでもなお，ソ連を「条約締結国」と信じて，終戦工作の仲介役として最後まで期待し続けた，当時の日本の指導者の心情は不可解きわまる。ソ連が対日参戦すると，壊滅的な被害は予想されたにもかかわらず。そうした愚かなる戦争の中で，日本の最後の意地を見せつけたのが，北千島北縁にある「占守島の戦い」である。ポツダム宣言受諾発表後の8月17日に開戦したこの戦いは，日本軍の作戦参謀の〈負の結晶〉のような戦いだった。占守島に精強な戦車部隊が無傷で残っていた奇跡。そのくせ，海上輸送能力も制海権も失っている。浅田次郎『終わらざる夏』は「占守島の戦い」，およびそこに至る愚かなる戦争の軌跡を，多面的な語りで描き出している。ただし，大野芳『8月17日、ソ連軍上陸す』のようなノンフィクションと読み比べると，若干の設定の無理を感じざるをえないけれど。停戦交渉の通訳ならば，わざわざ徴兵で連れて行かなくても，占守島に日魯漁業の社員がいるからだ。普段からの漁業交渉で，ロシア語も英語も堪能でないと務まらないからだ。現に，通訳者として日魯漁業の社員を現地徴用していたようだ。もっとも小説は小説である。戦争の大義に殉じようとする者，戦争に懐疑的な者，人道的であることを行動原理とする者など，さまざまな立場の人たちが占守島に集まり，その場で，あるいは抑留されたシベリアの地で散華していく様は美しい。愚かなる戦争の中に一条の光をみたというか。ただし，素材の選び方，登場人物のバラエティなどは浅田次郎の真骨頂だが，作品としての評価は残念ながら低くならざるをえないだろう。肝心の「戦闘シーン」が血湧き肉踊らない上，ヘンリー・ミラーの『セクサス』(1949年発表)で締めくくられてもなー，と思うからだ。終わらざる夏 上浅田 次郎 集英社  2010-07-05売り上げランキング : 204おすすめ平均  フィクションにもリアリティーは必要だ理不尽、口惜しさ、怒り、憤り、、。傑作です。当事者・・・としてAmazonで詳しく見る by G-Tools終わらざる夏 下浅田 次郎 集英社  2010-07-05売り上げランキング : 196おすすめ平均  恥ずかしながら・・・全国民必読の書！素晴らしい群像劇にして反戦小説の傑作。Amazonで詳しく見る by G-Tools8月17日、ソ連軍上陸す―最果ての要衝・占守島攻防記 (新潮文庫)大野 芳 新潮社  2010-07-28売り上げランキング : 1692おすすめ平均  誰もが口を噤んできた本土決戦露西亜がどういう国なのかAmazonで詳しく見る by G-Tools# ふだんは共感することが少ない産経新聞の社説(主張)だが，8日付の「ソ連対日参戦65年 『侵略の日』を心に刻もう」は腑に落ちた。　９日は、ソ連軍が１９４５（昭和２０）年８月のこの日に突如、日ソ中立条約を破って日本に侵攻して６５年にあたる。この１９日後に、ソ連による北方領土の不法占拠が始まった。日本にとって、９日は「侵略の日」であることを心に刻み、教育の場でしっかりと子供たちにも教えるべきだ。　ソ連軍は、日本がポツダム宣言を受諾し、８月１５日に終戦の詔書が発表された後も一方的な侵攻を続けた。ソ連は、かつて一度たりともロシア領となったことがない日本固有の領土である択捉、国後、色丹、歯舞群島の北方四島を占領し、併合した。　ソ連は、日ソ中立条約だけでなく、連合国が「戦争による領土不拡大の原則」をうたった大西洋憲章（４１年）やカイロ宣言（４３年）にも違反し、連合国で唯一、戦後に領土を拡大した国になった。　ソ連の独裁者スターリンは、４５年９月２日の対日戦勝演説で「日本が粉砕され、汚点が一掃される日がくることを信じ待っていた」と述べ、勝利の配当として「南樺太と千島列島がソ連領に移る」と宣言した。ソ連にとって対日参戦は、日露戦争の報復戦であり、日本領土の略奪を目的としていた。当初から領土不拡大の原則を守るつもりなどなかったといえる。　ソ連は、ポツダム宣言にも違反した。武装解除した日本将兵や居留民たち約６０万人を「ダモイ（家へ帰るぞ）」とだましてシベリアに抑留し、飢餓と酷寒の劣悪な環境の中、強制労働に従事させた。絶望の中、飢えや病気などで６万人以上もの日本人が帰らぬ人となった。それらは「スターリン体制の犯罪」といっていい。　ところが、大国復活に奔走するロシアはその犯罪を正当化し、今年から、日本が降伏文書に調印した９月２日を事実上の「対日戦勝日」として祝う。侵略を「正義の戦争」にねじ曲げた。阻止できなかった最大の原因は、日本外交の弱体化と不作為にある。　日本政府が手をこまねいていることに、ロシアは増長しているのである。このままでは歴史の捏造（ねつぞう）や歪曲（わいきょく）が繰り返されることになるだろう。そうなれば、日露平和条約の締結どころではない。　そのためにも日本は８月９日の意味について国民全体が認識を新たにするとともに、ロシアの「対日戦勝日」創設の欺瞞（ぎまん）性を毅然（きぜん）として世界に訴える必要がある。</description>
		<dc:creator>赤尾晃一</dc:creator>
		<dc:date>2010-08-09T16:48:40+09:00</dc:date>
	</item>
	
	<item rdf:about="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1804">
		<title>許されざる「二枚舌」再び</title>
		<link>http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1804</link>
		<description>表舞台の式典では「核廃絶の先頭に立つ責任」を表明しつつ，後の会見では「それでも核抑止力は引き続き必要」と述べた，菅直人総理の二枚舌は，2009年の麻生太郎のパターンを踏襲している。だからというわけではないが，菅直人総理が外務・防衛官僚の作文を読んでいるだけとの疑いは濃い。民主党政権に代わって初めての「広島原爆忌」だけに失望を禁じ得ない。保有国間の「核抑止論」の意味が薄れ，核拡散はテロリズムの恐怖につながることが，「核兵器がない世界」への希求につながっている。原爆忌の日に「核抑止の必要性」を語ることは，外交・安保問題への関心の薄さを露呈しているのではないか(自衛隊の指揮権の問題，文民統制の無理解もあった)。菅直人という政治家は，政策決定過程の苦悩が伝わらず，説明にも誠実さが欠ける部分がある。民主党に政権交代して期待したことの一つは，さまざまな「被害者・弱者」が起こした「国家賠償訴訟」について，「政治家主導」で和解を促してほしいということだった。被爆者，水俣病患者認定，B型C型肝炎患者，ハンセン病患者などである。鳩山政権でなんとかシベリア抑留者の賠償問題は決着した。しかし，他の国家賠償訴訟では，主に厚生労働官僚の振り付け通りに動いている感がある(それは主に長妻昭大臣の責任だろうが)。「政治家主導」で問題解決に動いた形跡がみえない。「弱者に手をさしのべ，自立を手助けすること」が政治家に期待される大きな資質だろう。「核廃絶」を望む被爆者に対して，傷口に塩を擦り込むような発言をすることは政治家としての資質を疑わざるをえない。外交(とくに対米・対東アジア)・安保・経済政策などで，菅直人総理が体系的な基本政策を読んだり聞いたりしたことがないのが，菅直人政権への不信感を増幅しているのだろう。</description>
		<dc:creator>赤尾晃一</dc:creator>
		<dc:date>2010-08-06T23:52:53+09:00</dc:date>
	</item>
	
	<item rdf:about="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1800">
		<title>アカデミックハラスメントの報道姿勢</title>
		<link>http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1800</link>
		<description>長浜バイオ大学の女子学生が指導教員の准教授をアカデミックハラスメントで損害賠償を求めて提訴した件。「恥やわ」「小学生以下だ」と侮辱したとされるが，1年半以上にわたって，継続的にそういう屈辱的状況に置かれた精神的苦痛は計り知れないだろうな。この事件，女性を単に「女子学生」と学部生であるかのように報じるか(例:YOMIURI)，「元大学院生」と報じるか(例:msn産経)では随分と印象が異なる。学部生にはそういう指導が許されるというわけではないが，大学院生にとっては尊厳をズタズタに傷つけられる行為だろう。msn産経では，大学側の対応も記している。女子学生は体調が悪化、体重が約20キロ減り約半年間休学した。大学は女子学生の申し立てを受け、アカハラを認めた上で准教授を停職1カ月の懲戒処分とし、女子学生には100万円の解決金を支払ったという。元の体重は知らないけれど，20kgの体重減は半端ではない。、「大学は『精神的虐待による人権侵害に当たる』と認定した」(京都新聞)という。元女子大学院生側は，大学側の処分には納得できなかったということなのだろうな。</description>
		<dc:creator>赤尾晃一</dc:creator>
		<dc:date>2010-08-04T23:23:33+09:00</dc:date>
	</item>
	
	<item rdf:about="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1809">
		<title>サントリー オールフリー</title>
		<link>http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1809</link>
		<description>サントリー「オールフリー」が旨い。キリン「フリー」以来，多くのノンアルコールビールの対抗商品が登場したが，どれもいまひとつ。「オールフリー」はようやく「フリー」を超えたのではないか。麦芽の味がしっかりして，ホップの苦みも効いている。ビールの代用品になりそうだ。キリン「フリー」がすでに料飲食店の市場を侵食している。サントリーは「オールフリー」で巻き返せるか。しかし，受注量に生産が追いつかないという状況は，サントリーもこの商品を自信を持って送り出したわけではないことを物語る。</description>
		<dc:creator>赤尾晃一</dc:creator>
		<dc:date>2010-08-02T10:25:23+09:00</dc:date>
	</item>
	
	<item rdf:about="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1795">
		<title>『ニッポンの海外旅行』</title>
		<link>http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1795</link>
		<description>バックパッカーという言葉のパブリック・イメージは何だろう? やはり「海外長期貧乏旅行者」なのだろうか。「山野放浪者」の意味で用いるのは雑誌「BE-PAL」ぐらいか(*1)。山口誠『ニッポンの海外旅行』(ちくま新書)によると，1976年が日本の若者の海外旅行においてエポックメイキングな年だという。大学生協連，リクルート，ダイヤモンド・ビッグなどが学生向けの長期で安価な海外旅行商品を売り出し，『ヨーロッパ1日10ドルの旅』(フロマー著)が翻訳出版され，「地球の歩き方」が非売品として創刊され，ミニコミ誌「オデッセイ」が創刊している。ついでに言えば，日本で山野放浪型パックパッカーを刺激した，芦沢一洋『バックパッキング入門』も1976年の刊行だ。ビート・ジェネレーションに端を発し，「『旅すること』を自己目的化した低予算の旅行者」(山口，同書p.119)をバックパッカーと定義するならば，人生に必要な何を学び取るのかということは実は大差がないと思う。旅先が海外の都市・観光地なのか，日本の自然なのかが異なるだけだ。前者は「一回性」「長期間」が特徴なのに対し，後者は「反復性」「中期間」に特徴がある。私は，北海道・東北・信州・九州・沖縄などに二〜三週間の旅を学生の間に年に一回は実施していた。山から里に下りてくると，ヒッチハイクも重要な手段だった。安宿にしか泊まらず，野宿も辞さず(キャンプ道具一式を背負っているわけだから)。「山屋さん」と違って，バックパッカーにとって，山や森の中の道と里の道はシームレスなのである(*2)。日本国内の国立公園をめぐる旅とそのための道具立てに資金を費やすため，私は学生時代に海外には2回しか行くことはなかった(*3)。バンクーバーと上海で，いずれも学生交流行事に派遣されたもので旅費などは大学持ちだった。省みれば，その後の人生でも純然たる「海外観光旅行」はその後も一度もしたことがない。その代わりに，日本の山河の美しさはたっぷりと味わった。ただ，その反動として，社会人になってからは，あまり旅に出なくなってしまったのだが。山口誠の『ニッポンの観光旅行』は，メディア研究として秀逸である。これと同じ方法論を用いて，もう一つのバックパッカーの物語，つまり『ニッポンの山旅』も構想しうるだろう。*1― Wikipediaでは，アウトドア・ムーブメントの担い手のとしてのバックパッカーには一切の論及がない。*2― サロベツ原野を「歩くぞー!」と意気込んだものの，あまりの単調さに途中でめげて，バスに逃げた苦い想い出もある。*3― 資金に余裕がある仲間は，アメリカ西海岸などに「真性バックパッキング」に出かけたので，羨ましくもあった。確かに，1970年代後半は，大学生が陸続と最低でも二週間程度の海外旅行に出かける時代の始まりだった。私も，そんな友人に，使わなくなったバックパックを貸したこともあった。若者がスーツケースで旅に出るのがカッコ悪い時代でもあった。ニッポンの海外旅行 若者と観光メディアの50年史 (ちくま新書)山口 誠 筑摩書房  2010-07-07売り上げランキング : 8163おすすめ平均  Amazonで詳しく見る by G-Tools</description>
		<dc:creator>赤尾晃一</dc:creator>
		<dc:date>2010-07-28T20:28:53+09:00</dc:date>
	</item>
	
	<item rdf:about="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1797">
		<title>『大映映画特撮大全』</title>
		<link>http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1797</link>
		<description>昭和ガメラ・シリーズの最高作は『大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン』か『大怪獣宇宙戦 ガメラ対ギャオス』かは意見が分かれるところである。両作とも快感原則に基づく「コドモ向け」ではなく，論理的・ピカレスク的な「オトナ向け」を志向していた。私は人間の欲望の愚かしさを描いた『バルゴン』派である(理詰めな怪獣対決としては『ギャオス』だろうが)。『バルゴン』の公開は1966(昭和41)年4月13日。私は小三だった。この映画は友人の祖母に連れられ，友人と観た。最終決戦地が琵琶湖(琵琶湖大橋付近)である。そして『バルゴン』の併映が『大魔神』(第1作)だった。バルゴン以上に興奮した。大魔神の造形，憤怒の表情，シームレスな特撮の巧みさに度肝を抜かれた。『大魔神』を観た夜から，ようやく収まっていた夜尿症がときどき復活して悩まされることになる。66年に作られた大魔神3作の中で最高傑作だと思うのは2作目『大魔神怒る』(8月13日)だ。『座頭市 海を渡る』の併映で，『座頭市』好きな父と一緒に観に行った。湖が舞台で，水にまつわるスペクタクル特撮が際立つ。そして，武闘派領主，平和派(無抵抗主義)の二つの領主の対立は，東アジアの構造そのものだ。3作目『大魔神逆襲』(12月10日，併映『新書・忍びの者』)は，我らが母校が生んだ名子役(私より3学年上)の二宮秀樹の主演作である。二宮は『マグマ大使』(*)のガム役だったが，一時的に降板して『大魔神逆襲』に臨んでいる。大津の映画館は三作で最も客入りが良かったのではないか。子どもが主人公で「雪」がモチーフの特撮も美しい。しかし，その分大魔神のテイストが「子ども向け」になった感も否めない。『小さな逃亡者』との併映でよかったぐらいだ(同作は『ギャオス』の併映)。特撮シーンは多彩だけれど，やや長すぎて凝縮力に欠けるキライもあるし。殺し方もエグイし。大映映画の資産を受け継いだ角川グループは，さすがに商売がうまく，Blu-rayもすでに発売されているのに，デジタル・リマスター版のDVDを7月23日に発売している。*― 制作はピー・プロダクションで，京都・太秦にあった「日本京映撮影所」で撮影されていた。大映特撮映画大全  大怪獣空想決戦　ガメラ対大魔神角川映画 角川書店(角川グループパブリッシング)  2010-07-20売り上げランキング : 7288おすすめ平均  Amazonで詳しく見る by G-Tools大魔神怒る  デジタル・リマスター版 [DVD]森田富士郎 角川映画  2010-07-23売り上げランキング : 17341Amazonで詳しく見る by G-Tools大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス デジタル・リマスター版 [DVD]山内正 角川映画  2010-07-23売り上げランキング : 18192Amazonで詳しく見る by G-Tools特撮リボルテック SERIES No.002 大魔神 (だいまじん)海洋堂  2010-04-01売り上げランキング : 2690おすすめ平均  Amazonで詳しく見る by G-Tools</description>
		<dc:creator>赤尾晃一</dc:creator>
		<dc:date>2010-07-27T23:40:14+09:00</dc:date>
	</item>
	
	<item rdf:about="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1796">
		<title>土用の丑</title>
		<link>http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1796</link>
		<description>うちの後期高齢者が「うなぎ好き」なので，土用に限らず，年がら年中「うなぎ」を食している。祖母が晩年，「うなぎ」と「プリン」だけが生きがいだったが，その血筋を引いているらしい。ツマがあまり「うなぎ好き」ではないので，出前を頼まない場合は自分で用意するしかないのだが。浜松は確かにかつては「うなぎの名産地」だった。いまでも中元など贈答用には「浜名湖うなぎ」を贈っている。しかし，愛知・一色産や鹿児島産を食べると，「浜名湖うなぎ」は見劣りがすることは否めない。消費者が「国産」にこだわるのはいかがなものだろう。「国産至上主義」に陥っているから，流通段階で「産地偽装」に走る卸売業者が後を絶たないのだ。「中国産」でも「台湾産」でも遜色はない。水温が相対的に高いから「国産」よりもコストがかかっていないし，シラスウナギを輸入に頼っているようでは「国産」もへったくれもない。なので自家消費分は「台湾産」である。昼は蒲焼きを弁当で食した。夜は白焼きを短冊に切って，薬味たっぷりで茶漬けで食した。一杯目はわさびで，二杯目は梅肉をてんこ盛りで。「うなぎに梅干し」の食べ合わせの“迷信”をいまだに信じている後期高齢者は目を白黒させていた。</description>
		<dc:creator>赤尾晃一</dc:creator>
		<dc:date>2010-07-26T23:22:40+09:00</dc:date>
	</item>
	
	<item rdf:about="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1798">
		<title>白鵬の三連続全勝と47連勝</title>
		<link>http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1798</link>
		<description>生中継がない名古屋場所で白鵬が47連勝・三場所連続全勝優勝を達成し，大鵬の連勝記録(68年秋二日目〜69年春初日)を超えた。記録は記録であり，状況によって価値が減ずるわけではない。白鵬は白鵬で，今場所の特異な状況で，白星を積み上げる精神力は賞賛に値する。だが，大鵬の場合は，横綱を狙う大関に北の富士・玉乃島がいて(70年春同時昇進)，衰えたりといえど仇敵の柏戸がいて(69年名引退)，幕内上位には実力者・曲者が揃っていた(大鵬は晩年に北玉時代に抗う名勝負を演じた)。45連勝は燦然と輝き続ける。白鵬の場合は，10年初場所後に朝青龍が引退した後，ライバルは不在に近い。琴欧洲・日馬富士・把瑠都の大関陣は力不足であり，幕内上位にも横綱に対抗できる「必殺の型」を持つ力士は少ない。中日の時天空戦以降，白鵬の相撲は明らかに調子を落としている。決まり手にすくい投げ・切り返しが多く盤石の相撲とは言い難い。ライバル不在なので，さほどの稽古を積まなくても勝負勘だけでも勝てるのではないかとさえ思う。“八百長疑惑”で血塗られた千代の富士の53連勝までは多くの好角家は支持するだろう。しかし，双葉山の69連勝はどうか。今のままいけばXデーは九州場所の中日。記録更新が近づくほど，白鵬には陰に陽にさまざまな逆風が待ち受けているに違いない。白鵬が最も嫌う「日本人/外国人」議論も含めて。その時点でNHKが中継を再開しているかどうかは不明だが，「テレビ中継なき記録挑戦」の方が雑音が少なくていいのかもしれない。双葉山時代を意識して，「ラジオのみ生中継」というほうが。生中継がないならないで，心穏やかに場所中を過ごせた。「相撲を観なければ!」も一種の習慣性・依存性なのだろう。だからといって，ダイジェストを待ちかねてみるというわけでもない。それに私自身は，幕内の取組よりも，幕下上位・十両の出世を賭けた勝負が好きなことを改めて悟った。そこがほとんど中継されない限り，何の意味もないのだ。</description>
		<dc:creator>赤尾晃一</dc:creator>
		<dc:date>2010-07-25T23:58:07+09:00</dc:date>
	</item>
	
	<item rdf:about="http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1799">
		<title>『やまぐち りこ1st.写真集　DEPARTURE』</title>
		<link>http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=1799</link>
		<description>恋をするにはするけどスキャンダルなら ノーサンキューイメージが大切よ清く 正しく 美しく(『なんてったってアイドル』1985年，詞:秋元康/曲:筒美京平)秋元康がキョンキョンにそう歌わせたときにアイドル・ビジネスの変質が始まり，宮沢りえが現役のアイドルなのにヌード写真集を発売した時点で，伝統的なアイドル・ビジネスは終わりを告げたと言える。だが，「恋愛禁止の掟」といい，“卒業”後の芸能活動の制約といい，某国民的アイドルグループは1980年代前半以前の旧き正しき良きアイドル・ビジネスを復古させようとしているかにみえる。アイドリアンがそっくり世代交代して，「純潔幻想亡者」(処女厨)が膨れあがっている面もあるが。ファンにとって「○○ちゃんはぼくだけの恋人」という疑似恋愛の気分に浸れる。「いつでも会いに行ける」という距離感が疑似恋愛感を加速させた。その反作用がストーカー的ファンの出現だが。ハロー! プロジェクトのように，一つの芸能プロダクションがメンバーを丸抱えするならば，それも一つの方法論だ。“卒業”したメンバーたちも引き続きマネージメントすることで，適切な芸能活動に導ける。だが，某国民的アイドルグループはいろんな芸能プロダクションに所属するアイドルの連合体。「総選挙」や「研修生」はファンを煽れる反面，メンバー間で不満や遺恨を生みやすい。そうした結果，離脱していった元メンバーに対して，「イメージ悪化を招きかねない芸能活動」をどこまで禁止できるかは疑問だ。だから，やまぐち りこのようなケースは今後も増えるのだろうな。20歳(推定)を超えた成人である限り，「悪い大人たちが群がり，言葉巧みにヌードなどを持ちかけた」としても，自分の意思で“芸能活動の新たな展開”を選択したとみるのが妥当だろうから。もっとも，某国民的アイドルグループ時代のファンの反発を買い，新たなファン層の獲得を余儀なくされるのかもしれないが。あれだけの数の女性アイドルが存在すると，一定の確率で，やまぐち りこのフォロワーが生まれるだろう。その意味でも，やまぐち りこは成功しなければならない(笑)やまぐちりこ1st.写真集　ＤＥＰＡＲＴＵＲＥ篠原　潔 双葉社  2010-07-10売り上げランキング : 42おすすめ平均  Amazonで詳しく見る by G-Tools日本中が待望した国民的アイドル やまぐちりこAV DEBUT [DVD]ジャパンホームビデオ  2010-08-27売り上げランキング : おすすめ平均  Amazonで詳しく見る by G-Tools</description>
		<dc:creator>赤尾晃一</dc:creator>
		<dc:date>2010-07-22T12:25:59+09:00</dc:date>
	</item>
		
</rdf:RDF>
